内山安雄のフィリピン&アジア取材ノート第214回 ヘンだけど憎めない人々 その1
私が主宰する奨学金制度が主戦場とするセブ島でのこと。
奨学生の家庭訪問で、大学生の娘を持つオラエリ夫人と再会する。夫人が上目づかいのおねだり顔で面談中の私ににじり寄ってくる。何やら早くも悪い予感に襲われる。
「ウチヤマ先生、実はおりいってお願いがあるんですけど……いってもいいでしょうか」
妙に遠慮がちな物言いではないか。
「誕生日のお祝いをしたいんですけど、ご覧のとおりの貧乏暮らしなもんで……」
優等生の娘さんは確か二十歳になったように記憶している。区切りのお祝いをしたいのだろう。
だが誕生パーティの主役は奨学生の娘ではないというではないか。ではいったい誰の?
夫人の実母が七十歳の誕生日を迎えるので、一族のみんなで祝ってやりたい。が、予算が足りないのだとか。
「だから、ここは一つウチヤマ先生にドネーションをお願いするしかなくて……」
なんの因果で奨学金の主宰者にすぎない私が、ばあさまの誕生パーティのスポンサーにならねばならないのか? などとフィリピンにあって考えてはいけないようだ。
日本人よりも平均寿命がはるかに短いフィリピンで、七十歳というのはきわめて長寿といえる。とてもめでたいこと。
そんなめでたいパーティの最大のスポンサーになれるだから名誉なことだろう、とフィリピンの人々は考える。お金があるのだから、お付き合いでそれくらいしてくれてもいいじゃないか、と多くのフィリピン人が思うらしい。
ちなみにフィリピンではいくつになっても、記念すべき区切りとなる歳の誕生日には、自分の月収をそっくりお祝いの会の費用にあてるのが珍しくない。ちょっと奮発して、ではない。最低でも丸一ヶ月の収入を全部たった一回のパーティに惜しみなくつぎこむのですぞ。
その費用がまかなえない場合には、借金をしてでもパーティを主催するーーそれこそがフィリピンの習慣、常識だという。
現に私はこれまで付き合いで何度となくその費用をフィリピン人に貸し付けている。
そのまま黙っていたら借用書があっても、だいたい返済されない。厳しく取り立てようものなら、お祝い事に水を差す無粋や奴ということになりかねない。
だから我が奨学生にとって、誰よりも大切なお祖母ちゃんの七十歳のお祝いを、足りない費用を日本のウチヤマ先生から、ということになる。
そこにいかなる悪だくみも論理矛盾もない。〝持てる者からいただく〟というしごく素直な庶民の願望があるのみ。
喜んで、ではなく、浮世の義理とやらで、渋々ながらそれなりの金額をばあさまに献上するしかないのだった。



