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日本の文化観光政策に学ぶ 世界遺産候補シライ

2098字||社会

西ネグロス州の世界遺産候補地シライでは、日本の観光政策や文化財保護の事例が取り入れられている

(右)取材に応じる州政府歴史委員会のロクシン氏。(左)建立百周年を迎えたシライ市のサンディエゴ大聖堂=川上佳風撮影

※この記事は2025年9月13日にまにら新聞で掲載されたものを、筆者の了解を得て再掲載したものです。

 ビサヤ地方西ネグロス州シライ市はかつて山間部に旧日本軍が立て籠もり、撤退時には市の大聖堂も破壊の危機にさらされた。大聖堂の美しさに心打たれてか、避難民の窮状を見てか、上官の爆破命令を黙殺した旧日本軍中尉の挿話は地元民の間で語り継がれている。

 比の砂糖産業の黄金期を担ったこの地域は昨年、ユネスコ世界遺産暫定リストに指定された。今回、世界遺産登録に取り組む州政府歴史委員会のソロモン・ロクシン氏(38)に、シライ地域の観光政策と文化財保護活動について伺った。

 ▽観光課職員を経てJICA研修で秋田へ

「中国には万里の長城、インドにはタージ・マハール、日本には古寺院などがある。しかし比には自国を代表する遺跡がない。」と、自国の文化遺産の現状について思いを吐露した。

20世紀初頭にかけて砂糖の輸出で繁栄したシライは、ネオ・コロニアル様式、アール・デコ様式、比とスペインの折衷様式など多様な歴史的建築が並ぶ。戦火を生き延びてきたこれらの建築も、その後の経済の低迷により多くは取り壊しの危機に瀕した。ロクシン氏がシライ観光課に奉職し始めた頃、観光資源に乏しかった同市では、多くの美しい建築が老朽化にさらされていたという。

 転機となったのは、観光課在職時にJICAの観光政策研修で秋田県に滞在したことだった。古民家訪問となまはげ行事の体験を通じて、シライの観光活性化の着想を得たという。「秋田の古民家が復元保存され、伝統行事などで活用されている例を見た。シライでも同じような取り組みができるのではと考えた。」と語った。

 ▽開発重視の時流の中で文化遺産保護を主導

 マニラで公共政策の修士号を取得後、シライの市議会議員に当選。文化遺産保護に取り組んだ。「開発や経済成長が優先される時流の中、文化遺産を保護する政策が理解を得られるか不安だった。」と、景観保護条例を構想していた議員時代を振り返る。彼の予想とは反対に、シライの市民は彼の構想に理解を示した。

 2014年から翌年にかけて、景観保護などを目的とした「文化遺産地区」の制定や、文化遺産建築の固定資産税免除などの法整備を進めた。同市に進出した比大手フード・チェーン店「ジョリビー」はアール・デコ様式の店舗を建築し、「比で一番美しいジョリビー」として話題となった。宿泊施設やレストランとして歴史的建築を再活用する事例も増えていった。今では参入業者からの邸宅購入の問い合わせが頻繁にあるという。

 ▽修復方針には日本の伝統建築理念の影響も

 ロクシン氏は文化遺産建築について、「職人技術や素材を継承する「奈良文書」の方針を比で実践している。」と言う。同文書は、西洋の石造建築のように全部を永久保存するのではなく、材料や技術を引き継ぎながら修復していくことにも価値を認めた国際的な文書。木造建築の多いアジア各国の文化財保護政策に影響を与えた。氏は古いタイルと同じ技術を用いた新しいタイルが共存した邸宅の床を例にして説明した。

 ▽世界文化遺産登録への道

 観光活性化や法整備が一段落したところで、次なる転機が訪れる。観光省の主導で西ビサヤ地域の砂糖文化ツアーの構想が浮かび上がった。地域の砂糖産業の歴史と遺産を振り返り、それを体験できるツアーを企画したもの。この報告書がユネスコ・フィリピン事務所の目に止まり、文化遺産登録に向けての準備が本格的に始まった。ユネスコ側からは、砂糖産業の負の側面をも重視した包括的な文化遺産構想が注目されたという。

 「砂糖産業の労働環境の歴史など負の側面にも向き合いつつ、病院や学校設立に尽力した旧家の社会貢献の事実もある。砂糖産業の光と闇の歴史のヒーリング(治癒)の過程を重要視したい。」とロクシン氏は説明した。地域の製糖企業も、世界遺産登録に向けて前向きだと言う。

 文化遺産の正式名称は「ネグロス・パナイ両島の砂糖文化風景」。製糖工場や農園経営者の邸宅、シライの市街地など七箇所を含んだ「風景」群として文化遺産案を提出。昨年ユネスコの「暫定リスト」に昇格し、2027年度の正式登録を目指す。

 ▽比の文化遺産への思い

 「文化が多様な比では、人々の団結は重要な課題。シライは植民地時代に比の人々が築き上げ、彼らの工業技術の証でもある。比の歴史と民族意識の一部を担う役割があると思う。」と深い思いを語った。そして最後に、建築保存への思いについて「初期の所有者がわからなくなった邸宅も多い。けれども新しい所有者の手で維持されれば、また新たな物語が紡がれていく。そのことに意味がある。」と締め括った。

 シライ市のバコロド・シライ国際空港まではマニラから約1時間半、セブから50分ほど。空港から旧市街までは車で約10分。旧市街の建築散策のほか、歴史的邸宅での宿泊体験、高級比ダイニングなどが徒歩圏内で楽しめる。郊外の砂糖農園ツアーも予約できる。(川上佳風)

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