デべネシア元下院議長が死去 議長職5期で元大統領候補
比の有力政治家で、下院議長を歴代最多の5期務めたジョセ・デベネシア氏が10日死去。89歳
政党ラカスCMDの元党首で下院議長職を5期務め、1998年の大統領選に立候補しエストラダ氏に破れたパンガシナン州出身の有力政治家、ホセ・デべネシア氏が10日、病気のため死去した。89歳だった。妻で現下院議員のジーナ・デべネシア氏が同日にSNSで公表した。10日付け英字紙インクワイアラー電子版が報じた。
パンガシナン州ダグパン市の出身。アテネオデマニラ大学でジャーナリズムを専攻し、大学新聞などの編集長を務めた後、新聞社で記者となった。その後、1969年に同州第2選挙区選出の下院議員となり、72年の戒厳令布告まで務めた。1987年に下院議会が復活して以降、下院選で連続当選を果たし、1992~98年と2001~08年の5期計13年間にわたり下院議長を務めた。この時期に与党政党ラカスCMDの党首も兼務している。5期にわたり下院議長を務めたのはデべネシア氏が初めて。
1998年の大統領選に立候補し、エストラダ副大統領に破れたものの、11人の候補者のうち次点だった。
企業経営者としても知られ、1970年代半ばに中東や北米にフィリピン人海外就労者を大量に送り出すなど、職業斡旋業者のパイオニアだった。特にサウジアラビアで港湾運営事業に乗り出したり、アラブ首長国連邦で住宅事業や石油掘削事業、アフリカで農業に参入するなどし、OFW派遣に加え、経営者としての手腕も発揮した。また、OFWによる比国内へのドル送金プログラムを定着させたことでも知られる。
ラカスCMDの党首を務めるロムアルデス前下院議長は10日に声明を発表し、「彼の安定した指導のもとで、下院議会は改革の作業場となり、合意の聖域となった。彼の掲げたレインボー連合のビジョンは当時として画期的だったが、彼の才能により機能した。彼はイデオロギーや信仰、さらには大陸を超えて人々を結びつけることができる能力を持っていた」とデべネシア氏の才能を惜しんだ。





