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【解説】「人身売買」と「司法」の狭間で ベロソ事件16年の数奇な軌跡

942字|2026.2.9|社会

ベロソ受刑者の事件は発生から16年が経過した今もなお、比国内で強い関心を集めている

 2024年にインドネシアからフィリピンへ移送されたメアリー・ジェーン・ベロソ受刑者の事件は、発生から16年が経過した今もなお、比国内で強い関心を集めている。一人の出稼ぎ労働者がなぜ死刑宣告を受け、そして異例の帰還を果たすに至ったのか。その経緯を振り返る。

 突如の暗転、死刑判決

 事件の始まりは2010年4月に遡る。当時、家事手伝いとしての職を求め、マレーシア経由でインドネシアに入国しようとしたベロソ氏は、ジョグジャカルタの空港で現行犯逮捕された。所持していたスーツケースの裏地から2・6キロのヘロインが発見されたためだ。

 同年10月、インドネシアの裁判所はベロソ氏に死刑を言い渡した。同氏は一貫して「仕事の紹介者に騙されただけで、薬物が入っているとは知らなかった」と潔白を主張したが、麻薬撲滅を掲げる当時のインドネシア当局にその訴えが届くことはなかった。

 執行数時間前の「奇跡」

 最大の転換点は2015年4月29日未明に訪れた。処刑が数時間後に迫る中、フィリピンでベロソ氏を送り出したとされるリクルーター(仲介者)が自首。フィリピン政府は「人身売買の被害者であることを証明する重要な証人だ」として、インドネシア側に執行停止を強く要請した。

 この土壇場での要請が認められ、ベロソ氏の処刑は直前で延期された。この「奇跡の生還」はフィリピン国民に大きな衝撃を与え、彼女は「人身売買の犠牲者」という悲劇の象徴となった。

 帰還、そして残る課題

 その後、マルコス政権下での長年にわたる外交交渉を経て、2024年にようやく母国フィリピンへの移送が実現した。現在、マニラ近郊の施設に収監されている彼女だが、法的には依然として「刑を終えていない受刑者」の立場にある。

 先月発表された公開書簡で、彼女は「親が健在なうちに看病したい」と切実な思いを綴った。支援団体「ミグランテ」などは現在、フィリピンの司法制度に基づき、拘束の不当性を問う「人身保護令状」の申し立てや、大統領による恩赦を求めて活動を強めている。

 16年に及ぶ彼女の闘いは、国外で働くフィリピン人労働者(OFW)が直面する脆弱な立場と、国際的な司法協力の難しさを浮き彫りにし続けている。

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