フェイスブックはもはや比のインフラ 全面禁止ではなく、規制強化を
フェイスブックを通じて偽情報、詐欺、誹謗中傷、暴力的なコンテンツの拡散を許しているとして非難されてきたメタ社は、アテネオ・デ・サンボアンガ大学での銃乱射事件の生中継ビデオの投稿などに迅速な対応をせず、世間の怒りを招いた。
情報通信技術省は、コンテンツの削除の遅さや本人確認の不十分さを懸念しており、フェイスブックのブロックは最終手段であるべきだと述べている。フェイスブックやメタのプラットフォーム全体を禁止することは誤っている。それは、多国籍企業の失敗の責任を比国民に負わせることに他ならない。
比では、フェイスブックやメッセンジャーはもはや社会的・経済的インフラであり、海外で働く親族と連絡を取る手段でもある。中小企業の低コストの広告手段でもある。学校、教会、地方自治体、市民団体、ジャーナリスト、災害対応要員は、これらを通じて情報を発信している。一般市民は、助けを求めたり、緊急事態を報告したり、仕事を探したり、公共の議論に参加したりするためにこれらを利用している。したがって、全国的な禁止措置は、メタの経営陣ではなく、比のユーザーに最も大きな負担を強いることになるだろう。
また、全面的な禁止措置は、憲法上の重大な懸念も引き起こすだろう。憲法第3条第4項は、言論、表現、および報道の自由を保障している。判例では、最高裁判所は、事前規制にはその合憲性に対して強い疑念が伴うことを認めている(「ディシニ対司法大臣」訴訟)。
一部の違法コンテンツにより、プラットフォーム全体を閉鎖することは、膨大な量の合法的な表現も抑圧することになる。これは、一部の出版物に虚偽の報道が含まれているという理由で全ての新聞を廃刊にしたり、ある番組が有害な内容を放送したという理由で全てのテレビ局を閉鎖したりすることと、同等の措置といえる。
「フェイクニュース」が口実になると、危険性はさらに高まる。現実の偽情報と政治的批判は別物だ。もし政府が、ある内容が気に入らないだけでそのプラットフォーム全体を遮断する権限をもてば、最終的にその権力をジャーナリストや内部告発者、政敵に対して行使する可能性がある。
政府はむしろ、執行可能で透明性が高い方法でメタを規制すべきである。比に法的拠点を設立し、規制当局や裁判所に説明責任を負う担当者を指名するよう同社に要求することができる。暴力、児童搾取、脅迫、金融詐欺の通報に対して、厳格な対応期限を課すことも可能だ。さらに、刑事捜査のための証拠保全、定期的な透明性報告書の提出、資格のある研究者へのアクセス許可、独立した監査を義務付けることもできる。
また、段階的な制裁措置を導入することができる。これには、多額の罰金、特定の機能に対する制限、広告や収益化サービスの停止、司法の認可を得て発令される限定的なアクセス遮断命令などが含まれる。
身元確認についても、広告主、収益化されているページ、政治運動のアカウント、商業事業者は、より厳格な確認の対象とすることができる。法執行機関は、司法手続きを通じて身元情報を取得できるべきである。しかし、匿名性を完全に廃止することは、虐待の被害者や内部告発者などを危険にさらす恐れがある。
公的機関は、緊急情報が特定の民間企業一社に依存しないよう、コミュニケーションチャンネルを多様化させるべきである。学校や家庭では、デジタルリテラシー、オンラインの安全性、責任ある行動に関する本格的なプログラムが必要とされている。
政府はメタ社と対峙し、規制を行い、必要であれば制裁を科すべきである。デジタル公共空間を構築した企業が安全性を確保できなかったという理由で、その主要部分を破壊してはならない。責任を取るのはメタ社だ。国民ではない。(9月3日・マニラタイムズ、アントニオ・コントレーラス氏)








