比社会に勇気と共感を 医療・教育現場で広がる演劇教育
比の代表的映画監督、故ペケ・ガリアガ氏の弟子らが演劇教育を通じて青少年の自己表現や社会とのつながり回復に貢献
※この記事は2025年9月24日にまにら新聞で掲載されたものを、筆者の了解を得て再掲載したものです。
西ネグロス州は比を代表する映画監督の故ペケ・ガリアガ氏の出身地。日本占領期のネグロス島における上流一族の没落を描いた代表作『オロ・プラタ・マタ』(『黄金と銀と死』)で知られる。ネグロス島の地方を舞台に、砂糖農園経営一族の華やかな暮らしと戦争の悲劇を描く。教育者としても知られる故ガリアガ監督は多数の弟子たちを育成。その多くが現在の比の文化業界で活躍している。今回、同氏に直接学んだネグロス出身の脚本家兼舞台監督のタニア・ロペス氏(ザ・パフォーマンス・ラボラトリー主宰者)に、演劇教育を通じて比の社会問題に取り組む彼女の活動について聞いた。
▽理系学生から演劇の道へ
同州バコロド市出身のロペス氏は、奨学金を得て首都圏の理系高校に進学。勉学の傍ら、高校の演劇上演などマニラで多数の演劇を鑑賞するようになり、演劇の魅力に惹かれ始める。決心して大学は故郷に戻り、ガリアガの母校ラサール大学バコロド校で演劇を学ぶ。当時すでに名声を博していたガリアガも母校で毎年特別授業を行い、ロペス氏も彼の薫陶を受けた。「ペケ(ガリアガ)は、マニラだけではなく、故郷ネグロスの演劇業界にも力を入れようと、故郷に戻り講義も受け持っていた」と当時を振り返る。指導では、監督と俳優が共同で劇を作っていく「即興演劇」の方法を学び、その後の演劇指導の核となっていく。ガリアガの講義では黒澤明の『夢』なども鑑賞したという。
▽演劇で自信を取り戻す人々
卒業後は母校で演劇指導を続けながら、自ら劇団も創設。脚本も執筆し始める。劇団のオーディションでは、さまざまな背景を持った市民が応募。「初日のオーディションでは緊張のあまり泣いてしまう参加者もいる。けれども入団後に演劇を通じて自己表現力や自己への自信、他者への共感力などを学び、それが糧となって社会で活躍していく彼らを見るのがとても嬉しい」と、自身の演劇教育の意義を語った。
ロペス氏は演劇の力を通じて青少年の心の問題にも取り組んだ。諸機関と連携した共同プロジェクトでは、若者の抱える様々な問題をテーマとした劇を数々執筆。州各地で舞台上演を行った。上演では舞台演劇と映像を組み合わせ、麻薬や貧困、家庭内暴力、自己同一性や心の病気に苦しむ若者たちを迫力ある演技で描写。上演後には観客との交流会が続き、同世代の観客たちから感想や意見が寄せられ、自己の体験なども共有。演劇と対話を通じて社会問題と向き合う場を作り上げた。
▽神学校や医療現場にも生かされる演劇
ロペス氏は恩師ガリアガが始めた神学校での演劇教育の役割も引き継いだ。礼拝にとどまらず、日々地域住民のケアに重要な役割を果たす若い神父たち。演劇を通じて彼らの自己表現力や人前に立つ自信、人々に寄り添うための心の感受性と共感力などを教える。
そして、教えた劇団員たちは、社会の様々な業界で活躍。現在看護師をしている元生徒は、患者の苦しみを和らげるために演劇を看病の現場に取り入れている。また、管理職の別の元生徒は、演劇で培った聴く姿勢や豊な問題解決能力が仕事に生かされているという。
▽後進育成にも尽力
ロペス氏は現在、教育と創作のほか、州立博物館館長として数々の展示会や映画祭なども誘致。地域の芸術活動の運営に寄与している。同館で上演された氏の最新作『バタン・プロ』(「売春の子供たち」)は、未成年や年齢の若い売春婦たちを主人公とした作品。彼らの貧困と生きる困難を描き、声なき人々の声を社会に訴える。
同氏が指導している母校の若手劇作家たちも多様な作品を執筆。地域の歴史劇から、神話や昔話を取り入れた作品、性的少数者の自己探求など、様々な主題に取り組む。
今年には、同州出身でガリアガの弟子のローレンス・ファヤルド監督が比映画界で最も権威のある比映画芸術科学アカデミー賞(FAMAS賞)の最優秀編集賞を受賞。ガリアガが種を蒔いた西ネグロスの芸術活動は弟子たちの活躍とともに確実に花開いている。
▽「演劇と歌を愛する国」だからこそ
「我々比の国民性として演劇や歌への強い愛着があるのかもしれない」とロペス氏は改めて自身の演劇への愛を振り返った。そして、自身の活動のやりがいと原動力について、「演劇は人々に自らの声と自信を取り戻し、共感の心を育み、人生の困難を乗り越える一助となることができる」と笑みを浮かべながら語った。(川上佳風)






