比の海洋生物多様性と領土の保全に貢献 強盗殺人事件の被害者、米カーペンター博士
著名な米国人海洋生物学者、ケント・カーペンター博士の死去により、比は海洋生物多様性の保全・保護、および西フィリピン海における領有権をめぐる争いにおいて、重要な協力者を失った。
博士が東ネグロス州シブラン町にある自宅での拳銃強盗事件に巻き込まれ、理不尽な死を遂げたことは、この出来事をさらに悲劇的なものにしている。
カーペンター氏が初めて比を訪れたのは1975年、22歳の時で、米国平和部隊(Peace Corps、日本の青年海外協力隊に当たる)の一員としてであった。当時、フロリダ工科大学で海洋生物学の学位を取得したばかりの彼は、サンゴ礁の研究を行うため、比水産資源局に配属された。この経験が彼のキャリアの方向性を決定づけることとなった。
1976年、彼は東ネグロス州ドゥマゲテ市にあるシリマン大学と提携し、後に同大の教員に任命された。1985年、ハワイ大学で動物学の博士号を取得、1996年、米バージニア州のオールド・ドミニオン大学に生物科学の教授として着任した。
環境天然資源省は追悼声明の中で、同氏の数十年にわたる研究を称え、敬意を表した。「ケント博士の貢献は、わが国の海洋生物多様性保全の科学的基盤を強化する上で極めて重要な役割を果たした」と、フアンミゲル・クナ環境天然資源大臣は述べている。
50年にわたるキャリアの中で、カーペンター博士が成し遂げた最も重要かつ画期的な2つの貢献は、ヴェルデ諸島海峡に関する研究と、比が中国を相手取って提起した領有権主張訴訟において、常設仲裁裁判所に対して行った専門家証言である。
後者により、比は西フィリピン海における海洋権益と、共有海洋資源に与えられた損害を認める、最終的かつ拘束力のある裁定を獲得した。
2005年、カーペンター氏の研究は、ルソン島とミンドロ島を分かつヴェルデ諸島海峡を海洋沿岸魚類の生物多様性における「(世界の)中心の中の中心」と位置づけた。同海峡には、地球上で最も高い密度の沿岸魚類が生息しており、わずか10平方キロメートルの範囲内に1736種以上の生息域が重なり合う魚類が共存している。同氏は、2024年9月に開始された、この海峡を世界遺産に登録するためのキャンペーンを支援していた。
また、同氏はトゥバタハ礁などの比の海洋生態系についても先駆的な研究を行い、それらが持つ並外れた生態学的価値を実証するのに貢献した。トゥバタハ礁自然公園がユネスコの世界遺産として登録される際の重要性を裏付けることとなった、と環境天然資源省は述べている。
一方、海洋生物多様性に関する専門知識により、ハーグの常設仲裁裁判所で行われた画期的な南シナ海領有権に関する仲裁裁判において、彼は専門家証人として証言する資格が認められた。「第1次カーペンター報告書」(2014年3月)、「第2次カーペンター報告書」 (2015年11月)、および「第3次カーペンター報告書」(2016年)に収録された証言、ならびに2015年11月の口頭陳述は、スプラトリー諸島、パラセル諸島、およびスカボロー礁全域における中国の大規模な浚渫、人工島の建設、および破壊的なオオシャコガイの採取が及ぼす影響に関する法的主張の科学的根拠となった。
2016年の裁定において、仲裁裁判所はこれらの報告書を根拠として、中国が取り返しのつかない損害をもたらしたと結論付けた。中国が仲裁裁定の承認を拒否し、南シナ海において比人漁師や比沿岸警備隊などが継続的な嫌がらせにさらされている状況下において、これらの報告書は依然として重要な証拠資料となっている。
当局は、カーペンター氏の死に関与した者たちが法の下で裁かれ、その凶悪な犯罪の代償を払うよう確実にしなければならない。いかなる者も、これほど暴力的な死を遂げるべきではない。ましてや、自国でないフィリピンに、自らのキャリアと専門知識を捧げて奉仕してきた人物であればなおさらである。(7月26日・インクワイアラー社説)








